大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)612号 判決 1961年7月08日
控訴人(原告) 中島鉄三郎 外五名
被控訴人(被告) 国・枚方市山田地区農地委員会(後身山田地区農業委員会)承継人 枚方市農業委員会
主文
控訴人等の被控訴人枚方市農業委員会に対する請求、ならびに被控訴人国に対する請求中登記の無効確認及び売渡を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求める部分を却下する。
控訴人等の被控訴人国に対するその余の請求を棄却する。
控訴審での訴訟費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴人等訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人枚方農業委員会は控訴人中島鉄三郎に対し別紙第一物件表記載の土地につき、控訴人中島鋼三郎に対し同第二物件表記載の土地につき、控訴人中島辰三郎に対し同第三物件表記載の土地につき、控訴人木村富美子に対し同第四物件表記載の土地につき、控訴人中島鉄三郎同村上武之助に対し同第五物件表記載の土地につき、控訴人伊達寿一に対し同第六物件表記載の土地につき、枚方町山田地区農地委員会が定めた第五回(昭和二二年一一月二四日樹立)買収計画に基く政府の買収処分及びそれを前提とする売渡処分(但し第四物件表記載の中宮二七二一番地については売渡処分の確認部分を除く)の無効なことを確認せよ。被控訴人国は控訴人等に対しそれぞれ右各買収及び売渡の各処分の無効なこと、右買収及び売渡の各処分を原因としてそれぞれ右土地につきなされた所有権移転登記(別紙第四物件中の中宮二七二一番地については売渡登記の部分を除く)の無効なことを確認し、その登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人等の負担とする。」との判決を、被控訴人等訴訟代理人は「控訴人等の請求を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。
控訴人等訴訟代理人は本訴請求の原因として次の通り述べた。
「控訴人等はそれぞれ別紙物件表記載の土地(各その氏名表示の分)を所有するものである(控訴人鉄三郎同武之助の分は共有)が、枚方市山田地区農地委員会(以下単に山田農委と略称する)は昭和二二年一一月二四日自作農創設特別措置法(昭和二一年法律第四三号以下自創法と略称する)第三条第一項第一号に基き右各土地は同号所定のいわゆる不在地主所有の小作地に該当するものとして買収計画(第五回)を定め翌二五日その旨の公告をなしたので、控訴人伊達寿一を除く控訴人等はそれぞれの所有農地につき同年一二月一日山田農委に対し異議を申立たところ、同農委は同月二七日却下する決定をしたから、大阪府農地委員会(以下単に府農委と略称する)に訴願したが、昭和二三年一月二七日棄却の裁決があり、同年二月二日以降同年六月二一日までの間に裁決書の送達を受けた。
他方府農委は右買収計画につき同二三年二月一日承認の決議をし、同年二月二日以降同年一二月三日までの間に控訴人伊達寿一同村上武之助を除く控訴人等に対し前記所有農地の買収令書が発行交付された。(控訴人伊達寿一同村上武之助に対しては終に買収令書は交付されずこれに代る公告送達もされなかつた)その後政府は右農地(別紙第四物件表記載の中宮二七二一番地田八歩外畦畔二歩を除く)を売渡し、右買収及び売渡の各処分を原因とする所有権移転登記がなされた。
しかし、右農地の買収及び売渡の各処分は次に述べるような重大且明白なかしがあるから無効であり、これを原因とする所有権移転登記も無効である。(なお買収処分以前の手続上のかしを主張するのは、それ等がすべて買収及び売渡処分の無効を来すかしとして承継されていると解するからである。)
第一、控訴人鉄三郎所有農地の買収計画は中島保信を所有者として定められたが、同人は右計画の樹立前である昭和二一年二月三日死亡していたから右計画は死者を相手としてなされたことになり対人処分たる買収計画は控訴人鉄三郎に対しその効力を発生するに由なき次第である。
第二、控訴人武之助を除く控訴人等は不在地主ではない。
一、本件買収計画樹立が仮にいわゆる遡及買収であつたとしてもその基準時たる昭和二〇年一一月二三日当時控訴人鉄三郎同富美子は枚方市(当時は枚方町)大字中宮四〇八七番地に、控訴人鋼三郎及び同辰三郎は同所三九四七番地の一に控訴人寿一は同所四〇五八番地に住所があつた。なるほど右基準時に控訴人鉄三郎同鋼三郎、同辰三郎は同町大字禁野七〇〇番地に、控訴人寿一は堺市三国町四丁一一六番地に移つてはいたが、右は昭和一四年三月造兵廠枚方火薬庫の爆発事故により中島家の本宅が罹災したため一時右各別宅へ仮寓したに過ぎず、右本宅の倉庫その他の附属建物は残存したので家財の一部をおき留守番に看視させて右本籍地にある旧宅えの後日の復帰を期していたのであるから、控訴人富美子は勿論のこと、右仮寓に移つていた控訴人等の住所も依然として中宮の本宅にあつたというべく、本件買収農地はいづれも在村地主の小作地である(第五号物件表記載の土地は共有者の一人である控訴人鉄三郎が在村地主である以上、控訴人武之助が不在村であるという理由でこれを買収するのは控訴人鉄三郎の共有持分を無視するもので憲法違反であるから、これも在村地主の所有地と同様に扱うべきである)
二、仮に右控訴人等の住所が基準時に禁野七〇〇番地にあつたとしても、元来山田農委の区域(元大阪府北河内郡山田村)も右禁野七〇〇番地の属する牧野地区農地委員会の区域(元同郡牧野村)もともに元々旧枚方町の区域に属するものを大阪府知事が昭和二一年一二月四日の告示をもつて右各区域による両地区農地委員会を設置したために禁野は山田農委の区域外となつたものであつて、基準時においては両地区とも旧枚方町に属していたから不在地主の問題は起らない。仮にそうでないとしても、自創法第四八条にいう地区農地委員会というのは同法が公布された昭和二一年一〇月二一日当時既に行政区域として設置されていた、たとえば六大都市の区を区域とする農地委員会の如きを指称するのであつて、その後新に設置された右山田、牧野両地区農地委員会の如きは包含されないものと解すべきである。そうでなければ都道府県知事の告示による地区農地委員会の設置が農地の買収適性を創設することゝなり憲法に違反する。
三、仮に右主張が理由のないものであるとしても、右控訴人等の住所であつた禁野七〇〇番地は山田農委の区域境界を去る一〇〇米の近距離にあり、これと右境界を越えて隣接する地域である山田農委の地区内の中宮にある前記第一、二、三、五号物件表記載農地とは当に自創法第三条第一項第一号にいう当該市町村の区域(本件では右地区農地委員会の区域)に準ずるものとして指定すべき関係にあるにかゝわらず、この指定を怠り、形式的に地区の境界に拘わつて不在地主所有の農地扱をするのは違法である。けだし、準地区は、現在不在地主所有の小作地であつても、将来自作するにいたる可能性ある場合に、その地主につき指定すべき制度であるが、右農地の所有者たる控訴人等には交通の便、地況等から見て将来自作する可能性が十分あつたからである。
四、以上の理由により控訴人辰三郎は第三物件表記載の農地を、控訴人富美子は第四物件表記載の農地を買収されると自創法第三条第一項第二号第三号により保有を許される面積の農地すらも所有できない結果となり、右保有特権の侵害となる。
第三、本件農地の買収は自創法第五条第五号の指定を怠つた。
本件農地の中別紙第七号物件表記載の土地は同表記載の如き地況であつて、近くその使用の目的を変更するのを相当とする農地であるから、自創法第五条第五号の指定により買収から除外せられるべきであつたにもかゝわらず、その事実を無視してその指定を怠りこれ等農地を買収したのは違法である。
第四、本件農地の買収対価は著しく不当である。
本件農地の時価は基準時においても一反につき田は三万円、畑は二万円を下らず、自創法第六条第三項によりその時価の三十分の一にも足らぬ対価をもつて買収するのは相当の補償をなさずして国民の所有地を政府が収用することゝなり旧憲法に違反するから、このような特別事情を調査しん酌せずして著しく不当な対価をもつてする買収処分は当然無効である。
第五、買収手続自体のかし。
一、(イ) 自創法に基く農地の買収は名は買収というも実は政府の収用である。政府はよろしく土地収用法を性質に反しない限りこれに準用し、その計画実施の綜合的適正妥当を期すべきであり、そのためにはその指揮監督下の都道府県知事は都道府県農地委員会、市町村農地委員会の関与の下にその実施の責に任ずるものであるから、自作農創設事業につき各地区毎に総合的単一計画を作定し、これに依拠して各農地の買収計画等を樹立すべきであるのに、本件農地の買収計画の樹立には土地収用の事業認定に該当する右のような総合的単一計画の作定を見ず、これによつた事跡がないから、その前提要件を欠く違法がある。農林省令をもつて定められた農地調査規則は準用法律たる土地収用法に違反し無効であるから、これによる調査の如きは右総合的単一計画に代置された制度と見ることはできない。仮にその規則が有効であるとしても、それによる農地台帳、世帯票に基く買収の総合計画の議案を作成し、大阪府知事の認可を受けた形跡がない。
(ロ) 仮に自創法が買収計画の樹立権限を市町村農地委員会に委譲したとすれば、当時施行されていた旧憲法に違反する法律である。同憲法においては官制の制定権は天皇の大権に属し、土地収用は官制により、収用委員会、都道府県知事の関与により主管大臣(農林、建設)が実施するよう定められていたから、自創法はこの大権を無視し、官制上の主管大臣の権限の委譲を法律によつて定めたものであるから違憲立法である。従つて自創法による農地等の買収は権限のない権関による違法は処分となるのである。
二、買収計画のかし、
(イ) 本件買収計画については山田農委はこれに一致する決議をした形跡がないし、これを証明する議事録の記載がない。
(ロ) 仮に議決があつたとしてもその委員会は適法な手続によつて召集されず、会議は公開されなかつたし、決議事項に利害関係(買受申込をしたもの)があつて議決に参加していけない委員の関与の下に決議がなされた違法がある。
(ハ) 本件買収計画書には買収計画事項の全部が完全に表示されていないのみならず、同書類は農地委員会という合議体の行政行為的意思表示をする文書であるから、その作成の日附と買収計画自体が委員会の何時なされたどの決議に基くか、その具体的な記載と決議に関与した各委員の署名押印のあること、公告前に同委員会の承認のあることを必要とするが、本件買収計画書には、右記載も委員の署名押印もないし、委員会の承認を経た形跡もない。
又被買収地の表示に畦畔等の記載を欠き不正確であるのみならず、その面積の表示は実測面積と異り、被買収地の表示としての効力がない。
三、公告のかし、
(イ) 農地委員会はその決議をもつて買収計画の公告を何日からするかを定める行政処分をしなければならない。公告は買収計画を相手方に告知する法律行為である。これにより買収計画は外部に対し効力を生じ、政府と買収関係人との間に買収手続という法律関係を成立せしめるのであるが、本件公告は山田農委の決議に基かない。
(ロ) 右公告は山田農委の名において行われず、その会長名義をもつてなされ、会長の専断によるものであるから、同農委の公告とはいえない。又枚方市役所の掲示場に公告すべきであるのに山田農委事務局の掲示場に公告したのは違法である。
(ハ) 公告の内容は買収計画の告知である以上その計画内容自体を表示せねばならぬのに、本件公告書には単に計画書類の縦覧期間とその場所とを表示するにとどまつたのみならず、公告書の作成日附を欠いているから公告としての形式要件を具備せぬ違法なものである。
(ニ) 仮に買収計画の内容までも公告する必要はないとしても、本件買収計画書(乙第二号証)は縦覧に供されなかつた。それは縦覧期間中にはなく、後日作成されたものである。
四、異議却下決定のかし
(イ) 本件異議却下決定は山田農委においてこれに一致する決議をしていないし、それを証明する議事録がない。すなわち一件毎に審議し、異議の理由がなければ、その決定書の原案を作成してそれを可決して後異議却下書の原本を作成すべきであるのに、それをしていない。
(ロ) その決定書は委員会の決議に基く旨を記載し、関与委員の署名を要するし、申立人にはその謄本を送達すべきであるのに、申立人等に送達された本件決定書は会長名義をもつてする単なる通知書の形式のものであつて決定書の形式を備えないものである。
五、訴願裁決のかし
(イ) 本件訴願の裁決は多数の他の訴願とともに一括議案として審議されたが、各訴願毎に議案を作成して一件毎に審議を経ない以上真の審議を経たとはいえない。
(ロ) 右の裁決はその主文についてのみ審議され、その主文を維持する理由については審議を欠く。従つて裁決書の理由は大阪府知事の作文に過ぎず、府農委の意思決定を表明する文書ではない。
(ハ) 裁決書は府農委の確認を経た上関与各委員の署名押印により作成さるべきであるのに本件裁決書は議決に関与もしない会長たる大阪府知事名義をもつて作成されている。故に右は府農委の裁決に関する意思を表示する文書といえない。
(ニ) 裁決は訴願人にその謄本を送達して告知しその効力を生じるが、本件裁決書は買収計画で定められた買収時期以後に送達された。買収計画はその期日までに異議、訴願についての決定裁決を終了し、府農委の承認を経なければ失効する。
買収計画の失効後に送達された裁決書は無意味であり、その効力はない。
六、承認についてのかし
承認は市町村農地委員会の申請により都道府県農地委員会が買収計画に関し検認許容を行う認許たる行政上の法律行為であつて、これにより買収計画を確定し、政府は内外に対しこれを執行しうるにいたる。すなわち、買収計画はこれによりその効力の完成を見るのである。ところで、
(イ) 本件承認は山田農委の適法な申請に基かずしてなされた。
(ロ) 承認の決議は訴願裁決がその謄本を訴願人に送達して効力を発生する以前に行われた違法のものである。又その決議は一件毎に内容を審議せず、多数の買収計画を一括し一覧表により形式的に審議したに過ぎないから、真の審議があつたとはいえない。又承認決議は訴願裁決を経ない先になされたから無効である。
(ハ) 承認書は委員長又は委員によつて起案されたものを委員会の承認を経た上委員長たる知事名義で作成されるべきであるのに本件承認書はその形式を備えず、単なる通知書の形式である。
(ニ) 承認書は買収計画に定められた買収の時期までに山田農委へ送達されねばならない。そうでなければ買収計画は失効する。しかるに本件承認書の送達は買収時期以後に送達されたから、承認としての効力を発生するに由がない。
七、政府の買収のかし
(イ) 自創法による農地等の政府による買収は先に述べた通り一種の公用徴収であるが、この買収の意義には広狭二義がある。狭義においては買収を目的とする行政処分のみを意味し、広義においてはこの処分と執行とを包含する。狭義の買収に関しては特定の行政庁において独立の文書でこれを表示することなく、広義における政府の買収に関しては知事が買収令書なる文書を発行してこれを被買収者に交付し又は公告し、もつて狭義の買収処分を執行し、広義の買収すなわち公用徴収を客観的に具現完遂するのである。右の狭義の買収は政府自ら行わず、その権限を農地委員会に委譲し、農地委員会の買収計画の樹立、公告、承認を経てその確定実現をみるのであつて、それは政府自らの行政処分には属さず、権限の委譲を受けた農地委員会の行政処分である。この買収計画はこれに対する承認によりその効力の完成することは前述の通りであるが、法律はこの場合政府の買収が成立したことを外部に表示する独立の文書の作成を要求しない。従つて外形的にはその成立は承認書が農地委員会に送達されたという事実により確認するのほかはないのである。従つて政府の買収の有効無効は結局買収計画及び買収手続の有効無効の判定である。買収計画ないし、買収手続上の行政処分のいづれかにかしがあり無効であれば政府の買収そのものも無効である。
(ロ) 別紙第四物件表中の中宮二七二一番地の農地は買収しながら政府は未だに売渡処分をしていない。政府の買収は売渡により自作農を創設する目的のためになされることは自創法の立法趣旨に徴し明かなところであるから、売渡さない農地等の買収はありえない筈である。よつて売渡期日の徒過により右農地の買収はその効力を失つた。
八、買収令書のかし、
(イ) 買収令書の発行は狭義の買収の執行処分であるが、本件買収令書に記載された買収時期と買収対価は買収計画に定めたところと一致しない。買収対価は被買収農地各筆毎に定めその額千円以内は現金でそれを越える額に限り農地証券をもつて支払うことを定めうるのに、本件においては控訴人(伊達寿一を除く)毎に対価を合算した額を基準にし、その内千円を現金で他を農地証券による支払に知事が勝手に定め、又対価支払の場所も大阪府庁とすべきであるのに知事の専断で日本勧業銀行大阪支店と定めた。なお本件買収令書には発行日附の記載がない。
(ロ) 本件買収令書は府農委の買収計画に対する承認の行われる前に発行されたから、その前提要件を欠く。
(ハ) 買収対価は買収の効力発生期日たる買収時期に支払わるべきであるがら、買収令書はそれ以前に適法に発行交付されねばならぬが、本件買収令書は昭和二三年一二月三日に控訴人伊達寿一以外の控訴人等に交付されたから、その効力がない。
(ニ) 別紙第一、五号物件表記載の農地に対する買収令書には中島保信の表示はあるが所有者たる控訴人鉄三郎の表示はなく、真の所有者の表示のない買収令書は無効である。
もつとも、控訴人鉄三郎は昭和三三年一月一七日にいたり被控訴委員会を経て同年一月一六日発行の「中島保信相続人中島鉄三郎」と所有者名を改め表示した新な買収令書の交付を受けたが、これは先に発行した買収令書の無効なことを被控訴人等が自白したものではあるが、買収令書としての効力はない。けだし、右令書は農地法が施行された後にすなわち、知事が自創法による権限を失つた後に権限なくして発行した無効のものである。仮にそうでないにしても基本たる買収計画に被買収者としての表示のない者を勝手に買収令書の宛名人として記載することは許されぬところ、本件買収計画は前述の通り右第一、五号物件表の農地については中島保信を所有者又は共有者として定められているから、右買収令書の宛名人の補正は許されない。
第六、以上の次第であるから本件農地の買収は無効であり、その有効なことを前提とする売渡(別紙第四物件表記載の二七二一番地の農地を除く)も無効であつて、これ等無効の処分を原因とする所有権移転登記も又無効であるから、被控訴人等に対し請求の趣旨の確認と登記の抹消を求めるため本訴に及んだのである。(なお山田農委はその後農業委員会法により枚方市山田地区農業委員会となり、同委員会は更に昭和三二年七月六日枚方市告示第一〇六号により廃止され、その区域は被控訴委員会の区域に統合されて廃止委員会の事務を被控訴委員会において承継したので同委員会が本訴の相手方となつた次第である。)
被控訴人等の答弁に対し次の通り附述した。
「控訴人鋼三郎、同辰三郎、同富美子及び同寿一がその所有であると主張する各農地を控訴人鉄三郎から贈与を受け、被控訴人主張の各日その所有権移転登記を経たことは認めるがその贈与契約は昭和二〇年一一月二三日以前になされたものである。」
被控訴人等訴訟代理人は答弁として次の通り述べた。
「山田農委が昭和二二年一一月二四日控訴人等が当時それぞれその主張の通り所有又は共有していた別紙第一ないし第六物件表記載の土地につき自創法第三条第一項第一号に該当する小作地として買収計画(第五回)を定め翌二五日その公告をし同日以降一〇日間計画書類を縦覧に供したところ、翌一二月一日控訴人寿一を除く他の控訴人等から異議の申立があり、同農委が同月二三日その異議につき却下の決定をし、同月三一日異議申立人等から府農委え訴願し、翌年一月二七日それにつき棄却の裁決があり、同年六月二一日その裁決書が訴願人等に送達されたこと、府農委の買収計画に対する承認があり、控訴人等に買収令書が交付されたこと、その発行交付の日が買収計画に定めた買収の時期の後であつたことは認める。
控訴人寿一に対しては昭和二三年一二月六日堺市農地委員会を通じて又控訴人武之助に対してはその頃代理人たる控訴人鉄三郎に対しそれぞれ買収令書が交付された。
第一、中島保信名義をもつてされた買収計画について、
控訴人鉄三郎の所有であつた別紙第一物件表記載の土地及び同人の共有であつた同第五号物件表記載の土地につき本件買収計画が、その所有者、共有者の名義を中島保信と表示して定められ一旦買収令書も同人名義を宛名人と表示して発行交付されたこと、同人が買収計画を定めた日以前の昭和二一年二月三日既に死亡していたことは認めるが、右計画は当時の真の所有者であつた控訴人鉄三郎を関係人(所有者)として樹立されたものである。すなわち山田農委は同控訴人が所有者であることは知つていたが右所有者等の表示は公簿面の表示が当時依然として右保信名義のまゝとなつていたので買収地を特定する方法としてそのまゝ移記したに過ぎない。さればこそその買収計画樹立の通知は同控訴人宛になされ、同控訴人から異議を申立て、その却下決定はもとより、訴願の申立、その棄却裁決もすべて同控訴人名義をもつてなされており、同控訴人は宛名人を中島保信と表示した買収令書を異議なく受領したのである。仮に表示通り本件買収計画が中島保信を所有者として樹立されたとしても、これに対する異議の申立が正当な所有者たる控訴人鉄三郎からなされ、山田農委がその異議を適法な異議としてその理由に立入つて審議している以上は、その間に右計画は控訴人鉄三郎を所有者とすることに変更されたのである。仮にそうでないとしても、右買収は同一地区に亘る多数農地の買収で、これによりその地区に一定の秩序が成立し、今更これを覆すことは、その地方の公共の福祉に反する結果となるから、その買収の無効を前提とする訴はすべて行政訴訟特例法第一一条により棄却すべきである。
第二、控訴人等は不在地主である。
本件買収計画は山田農委の職権により昭和二〇年一一月二三日を基準日とするいわゆる遡及買収として定められたのであるが、本件農地の中別紙第二物件表記載の土地は昭和二一年一一月二日に控訴人鋼三郎え、同第三物件表記載の土地は同日控訴人辰三郎え、同第四物件表記載の土地は同年同月一日控訴人富美子え、同第六物件表記載の土地は同年同月一九日控訴人寿一え、いづれも控訴人鉄三郎から贈与し登記したものであるが、右基準時には控訴人鉄三郎は勿論、控訴人鋼三郎同辰三郎も山田農委の地区外である枚方市(当時枚方町)大字禁野七〇〇番地に住んでいた。右控訴人三名はいづれも中島保信の子で同人の家族として元枚方町大字中宮四〇八七番地に住んでいたが昭和一四年三月一日造兵廠牧方火薬庫の爆発事故によりその本宅が倉庫を除き罹災して居住に堪えられなくなつたので、当時右禁野七〇〇番地に転住し、爾来右基準時を過ぎるまで同所に住んでいたのであるから、右土地はいずれも不在地主所有の小作地である。又右基準時による控訴人鉄三郎の保有地は規定通り禁野を地区とする枚方市牧野地区農地委員会が同地区において認めている。従つて又自創法が第三条第二、三項により認めた、在村地主の小作地保有権を不合理に与えない場合の生じるのを避けるための制度である準地区の指定をすべき場合でないことは明かであろう。控訴人富美子は基準時においては本件農地の所有者でなかつたから本件農地に関する限り、小作地保有権侵害の問題は起りえない。
第三、自創法第五条第五号の指定について、
本件農地は買収計画樹立当時同号による指定を相当とするものなく、かゝる指定もなかつた以上、この点に関する控訴人等の主張は失当である。
第四、買収対価の不当について、
買収対価の不服は別訴をもつて主張すべく、買収計画及びその後の手続上の違法事由として主張することは許されない。特別事情による対価の決定をすべきかどうかの問題も同様であるし、本件買収計画上の土地の面積の表示が公簿面通りであるため実測面積よりも僅少で、対価の算定に影響するものとしても、これ又対価不服の訴をもつて主張すれば足る。右公簿上の面積表示は買収農地特定の方法として表示されたに過ぎず、これが買収農地の面積として確定されるものではない。
第五、買収手続について、
一、(イ) 自創法による農地等の買収は土地収用法による収用とその性質及び目的を異にし後者を前者に準用する余地はなく、控訴人等主張の総合的単一計画を作成する必要はない。又買収計画樹立の準備段階において農地調査規則や農政局長の通牒に違反するようなことがあつてもそれは直ちに買収計画自体のかしとなるものではない。
(ロ) 買収計画の樹立を市町村農地委員会の権限としても自創法は前記のように土地収用の性質を有しないし、旧憲法に違反する立法ではない。
二、買収計画について、
(イ) 買収計画という行政行為は機関意思の決定としての市町村農地委員会の決議と、その表示行為としての公告及び計画書類の縦覧とによつて効力を生じる。山由農委は本件第五回の買収計画を定めるにあたつて自創法第六条第二項所定の事項及び同条第五項所定の縦覧書類に記載すべき各事項につき議決しているのであつて、決議はそれをもつて足り別に議案を作成し、これに府知事の認可を受けた上審議にかける要はない。
(ロ) 又右の決議は議事録によつて証明することは法定されていない。本件委員会は適法に召集され公開された、又仮に買受申込者が決議に関与しても自己に関する事項の決議に関与したことにはならない。
(ハ) 控訴人等は買収計画書の不備を主張するが、若しそれが縦覧書類以外にたとえば合議体裁判所の判決原本に相当するような決議内容を表示する文書を指称するのであれば、買収計画にはそのような要式文書の作成を必要としない。若しそれが自創法第六条第五項の縦覧書類を指すものであれば、それに記載すべき事項は同項に定めてあり、本件縦覧書類にはその所定事項のすべてが記載されてあつて、委員会の作成した書類であることはそれ自体自ら認識しえられたから、何のかしもなかつた。議決に関与した委員の署名押印の如きはもとよりその要件ではなく、記載面積(公簿面記載通り)と実面積との少異、畦畔の表示の遺脱の如きは被買収地の特定の妨とならないから、買収計画のかしとならない。
三、公告について、
本件買収計画の公告につき山田農委の議決を経ていないこと、公告が同委員会々長名義でなされたことは争わないが、公告は書類の縦覧と相まつて買収計画の表示行為をなすものであり、市町村農地委員会が買収計画を定める決議をした以上、自創法第六条第五項により必ず公告することを要するのであつて、公告をするにつき更めて議決する必要はない。そしてその公告は市町村農地委員会の代表者である会長が執行すべきもので、これが同委員会の公告として効力を有するものである。その内容は単に買収計画を定めた旨を表示すれば足り、買収計画の内容をそのまゝ表示するを要しない。又その公告の場所は本件のように同一市町村に数地区の農地委員会が設けられている場合には、当該農地委員会の事務所に掲示してすべきものである。
その他本件公告には何等の違法もなかつた。
四、異議却下決定について、
(イ) 山田農委は控訴人等(控訴人寿一を除く)の異議につき委員会を開き一々審議の結果理由がないのでこれを却下する決議をした。それを証明すべき議事録の作成は異議についての決定の要件ではない。
(ロ) 同農委は右議決に基き決定書の原本及び謄本を作成し、その謄本を右控訴人等に送達した。異議に関する決定は仮に訴願法第一四条の類推があるとしても理由を付した文書によることを要するのみで、それ以上に控訴人等主張の形式を具備する要はなく、決定書は決定内容の表示であるから、委員会の代表者たる会長がその名において作成すべきであり、それはとりもなおさずその委員会の決定書たる効力があるのである。
五、訴願裁決について、
(イ) 府農委が訴願裁決をするには、事案により自ら直ちにその審議をし又は小委員会に調査させた上、委員会でその報告を聴取して審議するかの方法によるが、いづれにしても審議に当つては、一々訴願書に記載された訴願人の主張はもとより、その他の点についても調査判断し、その結論たる主文を議決するのであつて、多数の訴願事件を十束一からげ式に主文のみを議決することはない。本件についても勿論右の例に違つた審議をしていない。
(ロ) 裁決書の原本及び謄本は府農委の代表者たる会長(府知事)名義をもつて作成されたことは認めるが、その理由は異議却下決定書につき述べたところと同様である。会長は委員会の代表者たる資格において裁決書を作成するのであり、委員会の議長たる資格において作成するものではないから作成名義人たる会長(知事)がその裁決審議に関与しなかつたとしても何の違法もない。会長はもとよりその補助者たる事務局職員にその作成の事務を取扱わせても差支ないのである。
六、承認について、
承認は府農委が市町村農地委員会の定めた買収計画につきかしの有無を審査する行政庁内部の自省作用であつて、承認によつて買収令書交付の要件が具備するに止まり、承認の有無により買収計画の効力に消長を来したり、直接国民の権利義務に法律上の効果を及ぼすものではない。
(イ) 承認は右述のように本来行政庁内部の自省作用であるからその申請をまつまでもなく自発的になしうるものであり、申請は承認の要件ではない。
(ロ) 府農委は本件買収計画につき適法に議決して承認している。
(ハ) 承認書が買収時期以後に山田農委え到着したことは認めるが承認は議決のみによりその効力を生ずる。承認書の作成も市町村農地委員会えの通知も効力発生の要件ではない。たゞ行政実例では承認決議の後府農委会長名義をもつて作成された承認書なる文書をもつて市町村農地委員会え通知するのが通常であるが、これは行政庁内部の事務上の便宜措置に過ぎない。
(ニ) 訴願裁決が訴願人に対し効力を生じるのは裁決書の謄本が訴願人に送付された時であるが、自創法第八条の「裁決があつたとき」とは却下又は棄却の「裁決の議決があつたとき」と解すべきである。けだし承認は行政庁内部の自省作用であるから裁決が対外的効力を発生するまでまつ必要はなく内部において訴願の理由がないことが明白にされた以上承認を行うに支障はないからである。本件承認も訴願の裁決の決議を経た後において行われたものであつてその訴願裁決書が控訴人等に送達される前になされたとしても違法ではない。
七、買収令書について、
(イ) 本件買収令書は自創法に定める所要事項を記載してあり、本件買収計画の内容と矛盾しない。すなわち自創法第六条第三項第四三条の立法精神は対価の支払方法と支払場所とは国の財政的見地からして政府の指示に従い買収令書を発行交付する都道府県知事が定めるべきものであり、本件買収令書に定めた支払方法(現金払額、農地証券による額の定め方)及びその場所の指定(支払場所につき法は何等規定しない)は適法である。
(ロ) 本件買収令書は府農委が本件買収計画につき承認の議決をした後に発行交付された。承認は六において述べた通り行政庁内部の自省作用であるから、その決議があれば、承認通知が市町村農地委員会えされるのをまつまでもなく、買収計画は確定し、これに基く買収令書の発行交付は可能となる。本件買収令書が山田農委えの買収計画承認通告以前に発行されたとしても、それは承認決議の後に行われたのであるから、その効力に何の影響も及ぼさない。
(ハ) 買収の時期は買収計画に基き買収令書が交付されたとき国がその農地の所有権を取得する時期を明かにしたに過ぎず、買収令書交付の終期を定めたものでも国の買収権の消滅時期を定めたものでもないから、本件買収令書の発行交付が買収時期の後に交付されたことは認めるが、それがために買収令書の無効を来すことはない。
(ニ) 本件買収計画の中別紙第一、五物件表記載の農地については、その所有者又は共有者名義の表示に中島保信なる死亡者名義を用いたが、それは相続人たる控訴人鉄三郎に対する買収計画につき公簿面の表示をそのまゝ物件の特定方法として用いたに過ぎないことは既述の通りであるから、従つて又それを受けて宛名人を中島保信として一旦買収令書を発行したのであるが、買収計画の関係人はもとより控訴人鉄三郎であるから、更めて宛名人を「中島保信相続人中島鉄三郎」と訂正した買収令書を発行し昭和三三年一月二三日同控訴人に送達したから、仮に中島保信名義を宛名人とした訂正以前の買収令書にかしがあつたとしても、それは追完されている。」
(証拠省略)
理由
控訴人等は原判決の取消を求めるが、その判断の対象となつた請求は控訴人等が昭和三〇年九月二七日附控訴の趣旨更正申立書(同年一二月一〇日午後一時の口頭弁論期日において陳述)により従前の請求を事実摘示欄冒頭に掲記した請求に変更し、これによつて前者は取下げられ(被控訴人等は右変更に異議を述べなかつたことは記録上明かであるから、変更による取下に同意したものとみなされる)後者が新訴として当審において更めて提起されたこととなるので、最早原判決の対象となつた請求は残存せず、従つて、原判決を取消すか控訴を棄却するかの問題は生じない。よつて右新訴につき判断する。
一、山田農委が農業委員会法による枚方市山田地区農業委員会となり、同委員会が控訴人等主張の日廃止され、その地区が被控訴委員会の地区に合併されてその事務が同委員会に包括的に承継されたことは農業委員会法と本件記録(枚方市長畠山晴文の証明書)に徴し明白であるが、行政処分の無効確認はその処分庁か又はその機関の行為の結果の帰属する行政主体を相手方とすべきであると解され、本件無効確認訴訟の対象たる買収又は売渡処分の処分庁は大阪府知事であり、行政主体は国であるから、山田農委の事務を結局において承継したに過ぎぬ被控訴委員会は右行政処分の無効確認の相手方となる適格がない。
二、次に登記それ自体は物権(又はこれに準ずる権利)変動の対抗要件たる事実に過ぎない。これによつて対抗されるべき権利関係の不存在確認と独立して、その登記自体の無効確認を求めるのは結局事実の確認を求めることであつて民事訴訟法上許されないと解すべきであるから、本訴中登記の無効確認を求める部分も不適法である。
三、更に本件売渡処分を原因とする登記上の権利者は売渡を受けた現在の所有名義人であつて、その登記の抹消登記義務者もその者というべく、従つて売渡登記の抹消登記手続請求の訴の相手方はその義務者とすべきであり、国を相手方とする本訴売渡登記の抹消登記請求部分も正当な当事者を相手方とせぬ違法な訴である。
以上の請求はいずれも不適法な訴として却下すべきものである。
そこで、被控訴人国に対するその余の請求につき審案する。
山田農委が昭和二二年一一月二四日控訴人等が当時それぞれその主張通り所有又は共有していた別紙第一ないし第六物件表記載の土地につき自創法第三条第一項第一号に該当する小作地として買収計画(第五回)を定めて翌日その公告をしたところ、翌一二月一日控訴人寿一を除く控訴人等から異議の申立があり、同農委が同月二三日その異議を却下する決定をし、同月三一日異議申立人たる控訴人等から府農委へ訴願を申立て、翌年一月二七日訴願棄却の裁決があり、その裁決書が同年六月二一日同控訴人等に送達されたこと、右買収計画に府農委の承認があり、控訴人寿一及び武之助を除く控訴人等に買収令書(但し控訴人鉄三郎宛とすべき別紙第一、五物件表記載の土地に対する令書の表示には中島保信を宛名人としてあつた)が交付されたことは当事者間に争がない。
成立に争のない甲第一二号証の五乙第一六ないし第一八号証第二〇号証、その作成の方式から成立を推認しうる同第一九号証によれば、控訴人村上武之助に対する買収令書(宛名は中島保信と連名)は昭和二三年一二月三日枚方市牧野地区農地委員会を通じ共有者控訴人鉄三郎へ交付されたが、更に山田農委は書記今堀平七郎に命じて昭和三一年一一月二二日控訴人武之助に同様令書を交付させたところ一旦受領したが、共有者である控訴人鉄三郎に一任しているからとて返戻したこと、控訴人伊達寿一に対しては昭和二三年一二月初旬頃堺市農地委員会を通じて買収令書が交付されたことを認めることができる。共有地を買収した場合の買収令書の発行方式については特別の規定はないが、本件の場合のように宛名を共有者の連名として発行しても違法ではないと解されそのときの令書の交付は宛名人の一人を代表者と見てこれに交付すれば足るというべきであろう。特に右認定のように宛名人の一人が共有者の一人に買収に関する事項を一任してるような場合は勿論その任された一人に連名の買収令書を交付すれば有効であるから、山田農委が先に控訴人武之助と連名の令書を控訴人鉄三郎に交付している以上、控訴人武之助に対しても買収令書の交付があつたものと見るべきである。よつて進んで本件土地買収上の無効原因について審究する。
第一、控訴人鉄三郎所有の別紙第一物件表記載の土地及び同控訴人と控訴人武之助共有の別紙第五物件表記載の土地について本件買収計画が所有者又は共有者の一人を中島保信と表示して樹立されたこと同人が控訴人鉄三郎主張の日死亡し、本件買収計画樹立当時の右土地の所有者は同人ではなかつたことは当事者間に争のないところであるが、証人木南正則の証言(第二回)本件口頭弁論の全趣旨によれば山田農委としては本件買収計画樹立当時中島保信が既に死亡していた事実は同人が大地主であつたから知つてはいたが、後に説示する通り昭和二〇年一一月二三日の事実に基き買収計画を定めたので、その当時の所有者は右保信であつたし、公簿上の右土地の所有名義が保信のままとなつていたところから、土地の所有者名義も公簿面通り表示すべきであると考え、かく買収計画書類に記載したけれども、その買収を受ける者はもとより、計画当時の所有者すなわち保信の家督相続人たる控訴人鉄三郎であると認め、公告の他に特に右買収計画の通知をその頃同控訴人宛にしたことを認めうるし、その後この買収計画に対し同控訴人からその名において異議の申立があつたことは、前記の通りであつて、右異議につき山田農委は申立権なき者よりの異議としてではなく、その理由の内容に立入つて審査した結果、理由がないとして却下の決定をしたことは、成立に争のない乙第五号証第六号証の一、五、(これ等書類が日附以後に作成されたものであることはこれを認むべき資料がない)と証人三木喜三郎の証言により認めうるところであるから、右買収計画は死者保信を所有者としたものではなく、その相続人として計画樹立当時所有者であつた控訴人鉄三郎を関係人として樹立されたものと見るのが相当である。仮にそうでないとしても、右のように真の所有者から買収計画に異議の申立があり、農地委員会もその異議を正当な関係者(所有又は共有者)からの申立として取扱い、その理由の内容に立入つて審査判断をしているのであるから、元来買収計画樹立権をもつ同農委はその計画上の所有者(又は共有者)を同控訴人に更正変更したとも見ることができる。仮に右見解も無理であるとしても、右のようなかしは買収計画を当然無効にする事由にはならない。よつて別紙第一、第五、物件表の土地に対する所有者(又は共有者)の表示が死者保信名義でなされたという一事はその買収計画を当然無効とするに足りない。
第二、控訴人等は不在地主ではないか、
本件買収計画が当時施行されていた自創法により職権をもつて昭和二〇年一一月二三日を基準日とするいわゆる遡及買収として樹立せられたものであることは証人三木喜三郎、同木南正則(第一回)の各証言により明かであるところ、本件農地中第二ないし第四、第六物件表記載の農地が控訴人鉄三郎からそれぞれその所有を主張する控訴人等に贈与されたものであり、その所有権移転登記がそれぞれ被控訴人国の主張する日になされたことは当事者間に争がない。控訴人等は右贈与は昭和二〇年一一月二三日の基準日以前に契約されたと主張するが、控訴人鉄三郎が相続により右贈与農地の所有権を取得したのは中島保信の死亡した前記昭和二一年二月三日であつて、それ以前に贈与したとは考えられず、控訴人中島鉄三郎本人尋問の結果によれば、控訴人鋼三郎に対しては同人の分家した同年一〇月三日頃に、控訴人辰三郎に対しては同人が養家(伊達姓)から離縁により中島姓に復した同年同月八日頃、又控訴人富美子に対しては同年一一月二日頃に贈与されたことが認められるし、控訴人寿一に対する贈与が何日なされたかこれを認むべき証拠がないから、前記の所有権移転登記のなされた当時に贈与されたものと推認することができる。そして自創法第四八条にいう地区農地委員会が控訴人等主張の如き地区農地委員会に限らないことは、同条を一読すればその文詞上明かであるし、このような立法が憲法に違反するとは考えられない。果してそうだとすれば控訴人武之助が右基準時当時山田農委の地区内に住んでいなかつたことについては同控訴人の明かに争わないところであるから、本件農地が基準日において不在地主の所有小作地であつたか否かの決定は控訴人鉄三郎が山田農委の地区(後日定められた)内に住んでいたか否かの争にかかることとなる。もつとも同農委の地区は基準日以後である昭和二一年一二月二四日に枚方町内の旧山田村の行政区域を地区として同委員会が設置されたことにより同町内の他の地区農地委員会の地区から分離されてできたものであることは証人三木喜三郎同木南正則(第一回)の各証言と控訴人中島鉄三郎本人尋問の結果により明かであるから、一見基準日には当時の枚方町という単位行政区域内の住民の同区域内に有する土地はすべて在村地主の所有地とするのが正当のように見えるけれども、自創法附則第二項に「昭和二〇年一一月二三日現在における事実」という中には、同日以後地区農地委員会の設置により農地委員会の管轄区域が変更された場合において、不在地主かどうかを同日現在の管轄区域を基準にして決定すべき趣旨を含むものではないと解すべきであるから(昭和三一年一二月二八日最高裁判決参照)、買収計画樹立当時の地区農地委員会の管轄区域を標準にして基準日の地主の住所がその区域内にあつたか否かによつて、不在地主か否かを判定すべきである。そこで控訴人中島鉄三郎の基準日の住所は禁野か中宮かにつき判断するのに、同控訴人が昭和一四年三月一日起つた造兵廠枚方火薬庫爆発事故により中宮四〇八七番地の住宅が罹災し、倉庫等の附属建物は残つたが本宅が滅失したため、その頃から右基準日を過ぎるまで禁野七〇〇番地にあつた同控訴人所有の住宅に移転していたことは当事者間に争のないところである。控訴人等は右禁野の居宅は仮寓で真の住所は依然として本籍地中宮の旧宅にあつたと主張するが、成立に争のない乙第一〇号証の一、二、三、甲第一七号証の一、二証人三木喜三郎、同木南正則(第一回)の各証言に控訴人中島鉄三郎本人尋問の結果の一部(後記信用しない部分を除く)を綜合して考察すれば、同控訴人は右の間諸物資の配給も禁野において受け昭和一六年頃中宮の氏神々社再建費寄附勧誘を禁野の住民であることを理由にして断つておる等その私的社会的生活が禁野七〇〇番地を中心として営まれ、昭和二五年一月初めて肩書地に復帰したことが認められ、この事実に前記の長期間転宅の事実を併せ考えれば、同控訴人の住所は基準日には右禁野七〇〇番地にあつたと認めるのが相当であつて、この認定に反する控訴人鉄三郎本人尋問の結果は信用できず、成立に争のない甲第二四、第二五号証をもつては右認定を左右するに足りず、他に右認定を動かすべき資料はない。
次に本件農地につきいわゆる準地区の指定をすべきや否につき考えるのに、検証の結果と前示甲第一七号証の一、二によれば、控訴人鉄三郎の住所(禁野七〇〇番地)が山田地区と牧野地区との境界(大字中宮と大字禁野との境界)に接近して存在することは認めうるが、元来準地区の指定は、市町村(地区)農地委員会の管轄区域が行政区画に従つて定められる結果、その区域が必ずしも農業経営上から見た経済地域と一致せず、ためにその区域を基準とする在村、不在村の区別が自創法第三条の認めた地主の農地保有上の権利の有無の判定に看過し難い不合理不公平な結果を生じるような地域的事情の存する場合に、この不合理不公平を是正緩和するために(一の農業委員会の区域の一部を、これと農業経済的に近密な関係にある他の隣接農地委員会の区域とみなした上で、後の農地委員会において地主につき在村、不在村を判定することができるように、都道府県農地委員会の承認と前者の市町村(地区)農地委員会の同意の下に)行われる制度であつて、個々の地主、個々の農地についての事情を考慮して行う制度ではないと解すべきであるから、控訴人鉄三郎個人に存する前記事情のみではかかる指定をすべきでないのは勿論のこと、本件買収計画樹立当時右禁野七〇〇番地の所在地域が山田農委の準地区に指定すべき明白な農業経済的近密事情にあつたことを認むべき何の資料もないから、(前示甲第一七号証の一、二によつては未だ右事実を認めるに足りない)この点の控訴人等の主張も又理由がない。
以上のような次第で、基準日の事実に基き不在地主たる控訴人鉄三郎所有(別紙第五物件表記載の農地については控訴人武之助と共有)の小作地として本件農地の買収計画は定められたのであるから、控訴人辰三郎同富美子の保有地を認めるか否かの問題は起りえなかつたのである。
第三、自創法第五条第五号の指定をすべきではなかつたか、
検証の結果と控訴人中島鉄三郎の本人尋問の結果の一部を合せ考察すれば、別紙第七物件表記載の土地が、道路、人家、部落、池、学校、公園等に対する関係において大略(距離の正確な数字等は詳にできない)現在では控訴人等主張の環況にあること特に第二物件表中の七三四番地の田の如き現在三方人家に近接し、近く宅地化する地況にあることはこれを認めうるが、検証の当時から約一〇年前の本件買収計画樹立当時において右各農地が近く用途を変更するものと認めるのを相当とする明白な地況(そのことが明白な場合でなければ無効原因にならない)にあつたことはこれを認むべき資料がない。(甲第一九ないし第二一号証をもつては右地況を認定するに足らない。)よつて山田農委又は府農委が第七物件表記載の農地につき自創法第五条第五号の指定をすることなく買収手続を進めたとしてもこれをもつて当然に無効となるかしある処分とはいえない。
第四、対価の不当について、
買収対価の不当を理由とする不服は自創法第一四条による別訴をもつて主張すべく、買収手続上の行政処分の無効原因として主張することは許されないし、自創法の対価の定が憲法違反にならぬことは多言を要しない。
第五、買収手続自体のかしにつき、
一、(イ) 自創法はその第一条に示すような特殊な目的のために制定せられたのであつて、土地収用法とその目的を異にし、自創法による農地等の買収は土地収用法による土地の収用とはその法律上の目的において大いに相違があり控訴人等主張のような総合的単一計画を作定する必要はなく
(ロ) 又自創法が買収計画の樹立を市町村(地区)農地委員会の権限に属せしめたからとてこれが旧憲法に違法する立法ということはできない。
二、買収計画のかしについて、
(イ) 成立に争のない乙第一、二号証、証人木南正則(第一、二回)同三木喜三郎の各証言によれば、山田農委は本件各買収農地につき自創法第六条第二項所定の事項を審査決議しており、本件買収計画書(右乙第二号証)の内容と右決議の内容とに何等のそごのないことが認められる。成立に争のない甲第五号証証人中島初子の証言をもつてはこの認定を覆すに足らず、他に右認定を動かすべき証拠はない。決議録は買収計画の内容を証明する唯一の心要書類ではない。
(ロ) 農地委員の委員会えの召集手続や委員会の会議の公開に関するかしは買収無効の原因にならないし、買収計画に売渡を受ける見込ある委員の関与した決議も同様である。
(ハ) 買収計画書類には自創法第六条第五項第一号ないし第四号所定の事項を記載すれば足り、委員会決議事項の全部を記載する必要はないし、控訴人等主張のその他の事項も買収計画書類の具備すべき必要形式ではない。又買収計画書類は作成後更めて、委員会の承認を経なくともよい。
本件買収計画書(乙第二号証)の買収農地の表示には、別紙物件表(第一ないし第六)記載の農地の表示に対比すれば、その畦畔、水掻池の表示を遺脱した部分も認められるが、それはその農地の表示として特定性に欠けるところがないから無効原因にならない。実測面積と表示面積の相違も仮にそのような事実があつたとしても、本件買収計画書の表示面積は公簿面によつたものであることが証人木南正則の証言(第一回)により明かな以上、本件農地の表示として欠くるところはない。
三、公告のかしについて、
(イ)買収計画を定めた農地委員会は当然にその公告をしなければならず、公告をするという決議はいらない。(ロ)公告はその名において会長が執行すべきであり、本件買収計画の公告が山田農委の事務所前の掲示場に掲示してなされ枚方町役場の掲示場に掲示されなかつたことは証人三木喜三郎の証言により認めうるところであるが、本件のように同一町内に数個の地区農地委員会が置かれている場合には当該農地委員会の事務所に掲げてしても無効でないことは、自創法施行令第三七条第四〇条の精神と其後改正された同令第四〇条を参酌して解釈しえられるところである。(ハ)公告は買収計画の内容全部を掲示する必要なく、第何回買収計画を定めたこと、その計画書類の縦覧期間と場所を公示すれば足るところ、本件公告は右縦覧の場所を同農委事務所と縦覧期間を昭和二二年一一月二五日から同年一二月四日まで一〇日間と定めてなされ右要件を具備していたことは成立に争のない乙第一三号証(この書証が後日作成されたことは認むべき証拠がない。)証人木南正則(第一、二回)同三木喜三郎の各証言を総合考察して認めうるところである。又(ニ)本件買収計画書類(乙第二号証)が前記場所に右期間縦覧に供せられたことは右証人等の証言により明かである。成立に争のない甲第五号証と証人中島初子の証言によれば、山田農委の書記木南正則が縦覧に来た中島初子に右甲五号証の書類を交付したことは認めうるが、右は同人の筆写の労を省くため対価計算等の必要上山田農委が作成した書類の一部を交付したものであること右木南証人の証言(第二回)により明かである(この認定に反する証人中島初子の証言は信用できず他にこれを動かす資料はない)から、右甲五号証をもつては前段認定を左右することはできない。
四、異議却下決定のかしについて、
(イ)成立に争のない乙第五号証第六号証の一ないし五(これが日附後に作成されたものであるとの控訴人等の主張事実を証する資料はない)同第四号証の一ないし五及び右証人等の証言によれば山田農委が控訴人寿一を除く控訴人等から申立てられた各異議の理由につき審議し、異議却下決定書通り理由がないものとして却下の決定することに議決したことは明白であり、かかる事実を証明するに議事録の記載を必要々件とするものではない。異議却下決定書は控訴人等が主張するような原案につき委員会の審査可決を要しない、(ロ)控訴人主張のような形式を具備する必要はなく、本件決定書の謄本が右異議申立人たる控訴人等に送達されたことは証人木南正則の証言(第一回)により明かである
五、訴願裁決のかしについて、
(イ)成立に争のない乙第一一号証、第一四号証の一、二証人南出隆の証言によれば、府農委は訴願理由の要旨を記載した一覧表を作成して予め委員に配付しておき調査を要するものは小委員会に付託して調査をさせてその報告を受けその一々につき審査決定をしており、本件もその例外でないことが明かであるから、(ロ)もとよりその理由についても審議を遂げたものというべく、(ハ)訴願裁決書はその理由を付すことは法定されているけれどもその他控訴人等主張のような要式は法定されていないところであり、会長が決議の趣旨に基き事務局員の補助の下にその名によつてこれを作成するも違法でない。会長がその決議に関与したか否かは右作成権限に何の消長も来たさない。成立に争のない乙第七号証の一ないし五(これが日附の後に作成された事実を認めるに足る証拠はない)を前掲証拠に照せば本件訴願裁決書が前記府農委の決議に基き適法に作成されていることを認めることができる。(ニ)本件裁決書が買収計画に定めた買収の時期以後に控訴人等(控訴人寿一を除く)に送達されたことは当事者間に争のないところであるが、買収計画樹立公告の効力が、買収の時期までに異議、訴願の決定、裁決を経て府農委の承認を得なければ当然に失効するとの控訴人等の主張は独断であつて、採用の限でない。買収の時期は買収手続が終局した場合の買収地の所有権移転の時期を法定したに過ぎず、それ以上の意味をもつものではない。従つて買収時期の後に送達された本件訴願裁決書も有効なこと勿論である。
六、承認のかしについて、
(イ)買収計画の承認は知事の買収計画に基く買収を可能ならしめる行政庁内部間の行政作用であり、通常その計画を作成した市町村(地区)農地委員会の承認を促すための申請によつて行われるであろうけれども、その申請は承認の有効要件ではない。(ロ)成立に争のない乙第一二号証前掲乙第一四号の一、二と証人伊東信良同南出隆の各証言によれば、府農委の本件買収計画の承認が一覧表により一括議案として審議の上議決してなされたことはこれを認めうるが、かかる方法の審議を審議でないと見る理由はなく承認決議無効事由ということはできない。承認が訴願裁決の後になされることを要するのは、承認の後訴願裁決により買収計画に変更、取消があつた場合にその承認が無意味に帰するのを避けるためであるから、都道府県農地委員会が訴願につき棄却の決議をした以上は同委員会はかく決定した自己の意思を明白に知つているのであるから、その棄却裁決が外部的に効力を発生する時、すなわちその謄本を訴願人に送達するまでまたずとも、承認決議をして差支ないものと解すべきところ、前記乙第一一、第一二号証、証人伊東信良同南出隆の各証言によれば、本件買収計画の承認は控訴人等(控訴人寿一から訴願はない)の訴願の全部につき裁決の決議のあつた昭和二三年一月二七日以後なる同年二月一日に府農委の議決を経ていることが明白であるから右承認決議は有効である。(ハ)承認は前述のように知事に対し買収令書の発行交付の権限の行使を可能ならしめる行為で、その決議の成立により右の効力は生じるが、ただ関係行政庁へその事実を知らしめるために通知連絡するのであつて、もとよりその通知の方法等は適宣になせば足り、控訴人等主張の形式を具備するを要しない。(ニ)買収計画は買収時期までに計画を樹立した農地委員会え通知しないことにより当然に失効するものでないこと上述の通りであるから、本件承認通知が山田農委に到達した時期如何は承認の効力に何の影響もない。
七、政府の買収のかしについて、
(イ)控訴人等主張の政府の買収なる意義が、知事の買収令書の交付による行政処分以外に別に行政処分があるとの趣旨であれば、それは間違であつて、知事の右買収令書の交付による買収処分があれば、政府は当然に買収農地の所有権を取得するにいたるのであつて、その間別に政府により買収なる行政処分は行われない。従つて買収処分にかしがあるか否かは専らその知事の買収令書の発行交付にかしがあるか否かを見れば足る。もとよりそれ以前の買収手続上のかしは買収処分のかしとして承継はされる。(ロ)買収はもとより売渡による自作農の創設を目的としてなされるが売渡がなされないため当然に買収が無効となるものではないから、仮に中宮二七二一番地の農地につき売渡がなされていないからとて、その買収を廃止しない限り無効にはならい。
八、買収令書のかしについて、
(イ)買収対価の支払を現金をもつてするか、農地証券によるかの定は知事が国の財政の都合(内部的には政府の指示による)によつて適宣定めるべきであるし、(自創法第四三条参照)支払の場所については法定するところはないが、対価受領者の便宣と支払者たる政府の取扱上の都合とを勘案して知事において適宣に定めて差支ないというべく、必ずしもその場所を本件の場合大阪府庁内とせねばならぬ理由はない。以上の通りであるから、本件買収令書に控訴人等主張のように現金支払農地証券による額、及びその支払場所が定めてあつたことは被控訴人国の明かに争わないところであるから自白したものとみなされるけれども、それがために買収令書を違法とするに当らない。又発行日附は買収令書の記載要件でないことは自創法第九条第二項に照し明かであるが、仮にこれが同項第三号のその他必要な事項の中に入るとしても、発行日附の欠如は無効原因とするほど重大明白なかしではない。(ロ)本件買収令書の承認が昭和二三年二月一日なされて即時効力を生じたことは前述の通りであるが、本件買収令書の発行がその後になされたことは前記甲第一二号証の一ないし五及び証人伊東信良の証言により明白であるから無効ではない。(ハ)本件買収令書が買収時期の後に交付されたことは当事者間に争のないところであるが、買収の時期は買収による所有権の移転時期を定めたに過ぎず、対価支払の時期を定めたものでないから買収の時期以前に令書を交付する必要はない。(ニ)別紙第一、五物件表記載の農地に関する買収令書の宛名人が死者中島保信となつていたことは当事者間に争がないが、それは前認定の如く本件買収計画が相続人たる控訴人鉄三郎を関係人と認めて樹立されながら計画書類の所有者又は共有者の表示を公簿面通り右保信として樹立された関係上、その計画に基く買収令書もそれを受けて保信を表示したものと前認定事実から推認されるが、かかる買収令書を同控訴人が異議なく受領していたこと叙上の通りである以上、その令書を無効とすべき理由がない。その後昭和三三年一月にいたり、山田農委の事務承継者たる被控訴委員会を経由して右保信の表示を「中島保信相続人中島鉄三郎」と更正した買収令書を控訴人鉄三郎に交付したことは当事者間に争のないところであるが、これはより正確なものを交付して争を避けようとした補充的行為と見るべく、前の買収令書を無効と自認したものと解することはできない。
以上の通り本件買収手続には買収処分を無効とするに足るかしはなく、その所有権は右処分により控訴人等から有効に国に移つたから、その買収処分の無効確認及びその無効を前提とする売渡処分の無効確認ならびに所有権が買収無効のため控訴人等に残存することを前提とする買収処分を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟は理由がなく棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条第九三条第一項本文を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 大野美稲 石井末一 喜多勝)
(別紙物件表省略)